東京高等裁判所 平成10年(行ケ)237号 判決 1999年12月22日
原告
【A】
訴訟代理人弁護士
田中成志
同
小林雅信
同弁理士
【B】
同
【C】
被告
有限会社北条鉄工所
代表者代表取締役
【D】
訴訟代理人弁護士
赤尾直人
同弁理士
【E】
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告
特許庁が、平成8年審判第14437号事件について、平成10年5月21日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、名称を「大型魚網の洗浄装置」とする登録第2130124号考案(平成3年7月15日出願、平成7年12月13日出願公告、平成8年7月1日設定登録、以下「本件考案」という。)の実用新案権者である。
被告は、平成8年9月2日、原告を被請求人として、本件考案につき、その実用新案登録を無効とする旨の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を平成8年審判第14437号事件として審理したうえ、平成10年5月21日に「登録第2130124号実用新案の登録を無効とする。」との審決をし、その謄本は同年7月8日、原告に送達された。
2 本件考案の要旨
機体(1)に、駆動源(2)と、該駆動源に接続されて吸水した水を加圧状態で吐出する大容量ポンプ(3)とが搭載されるとともに、該大容量ポンプに高圧水を離間位置に移送する移送ホース(5)が接続状態に配され、該移送ホースの先端に洗浄水を被洗浄魚網(X)に向けて噴出し付着物を剥離させる噴出ノズル(6)が配され、移送ホース(5)の先端と噴出ノズル(6)との途中に、操作位置に配されるスタンド台(7)と、該スタンド台に搭載されかつ移送ホースの先端に接続されて移送水の方向を上向きに誘導する垂直管部(8)と、該垂直管部に接続されて噴出ノズルを支持するスイング管部(9)と、垂直管部に配されその上部を水平回転可能に支持する水平回転ジョイント部(10)と、スイング管部の基部に配されスイング管部を上下揺動可能に支持する垂直回転ジョイント部(11)とを具備することを特徴とする大型魚網の洗浄装置。
3 審決の理由の要点
審決は、別添審決書写し記載のとおり、本件考案が、本件出願前日本国内において公然と実施されたものと同一と認められ、実用新案法3条1項2号に該当し、実用新案登録を受けることができないとした。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
1 審決の理由中、本件考案の要旨の認定は認める。審決は、平成2年夏頃に、本件考案と同一の構成を有する網洗い機(審決検甲第1号証)が公然と使用されたと誤認した結果、本件考案が、本件出願前日本国内において公然と実施されたものと同一であるとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。
2 取消事由(公然実施の認定の誤り)
(1) 審決は、有限会社安田鉄工所(以下「安田鉄工所」という。)が製作し、【F】(以下「【F】」という。)が安田鉄工所から購入した網洗い機(以下「本件網洗い機」という。)につき、「使用上問題があったため、北条鉄工所(注、被告)にてスタンド台にノズルを取り付けるようにし、平成2年の夏ごろに、検甲第1号証の魚網洗浄装置と同じ構造の網洗い機に改良され、この改良された網洗い機は、その夏頃(平成2年の)から、長井漁港の岸壁にて公然と使用され、腐食等により破損故障した部品が同じ部品に交換されたが、平成4年頃から使用されなくなり、検甲第1号証の魚網洗浄装置に到ったと認められる。」(審決書15頁4~13行)と認定し、さらに、審決検甲第1号証の魚網洗浄装置(本件網洗い機)の平成2年夏頃の構成につき、「機体に、デイーゼルエンジンと、該デイーゼルエンジンに接続されて吸水した水を加圧状態で吐出する大容量ポンプとが搭載されるとともに、該大容量ポンプに高圧水を離間位置に移送する移送ホースが接続状態に配され、該移送ホースの先端に洗浄水を被洗浄魚網に向けて噴出し付着物を剥離させる噴出ノズルが配され、移送ホースの先端と噴出ノズルとの途中に、操作位置に配されるスタンド台と、該スタンド台に搭載されかつ移送ホースの先端に接続されて移送水の方向を上向きに誘導する垂直管部と、該垂直管部に接続されて噴出ノズルを支持するスイング管部と、垂直管部に配されその上部を水平回転可能に支持する水平回転ジョイント部と、スイング管部の基部に配されスイング管部を上下揺動可能に支持する垂直回転ジョイント部とを具備する大型魚網の洗浄装置」(同16頁2~17行)と認定し、本件考案と同一であるとして、本件考案が本件出願前日本国内において公然と実施されたものと同一と認められるとの結論に至ったものである。
しかしながら、本件網洗い機につき、スタンド台にノズルを取り付けるようにし、検甲第1号証の魚網洗浄装置と同じ構造の網洗い機に改良した時期、いい替えれば、本件網洗い機が、「移送ホースの先端と噴出ノズルとの途中に、操作位置に配されるスタンド台と、該スタンド台に搭載されかつ移送ホースの先端に接続されて移送水の方向を上向きに誘導する垂直管部と、該垂直管部に接続されて噴出ノズルを支持するスイング管部と、垂直管部に配されその上部を水平回転可能に支持する水平回転ジョイント部と、スイング管部の基部に配されスイング管部を上下揺動可能に支持する垂直回転ジョイント部とを具備する」構成(以下「改良構成」という。)を備えた時期は、平成2年夏頃ではなく、平成3年8月以降である。したがって、「改良された網洗い機」(改良構成を備えた本件網洗い機)が平成2年夏頃から、長井漁港の岸壁にて公然と使用されたとする審決の認定は誤りである。
(2) すなわち、平成2年2月末頃、原告が、鋼製ケース(機体)の中に、船舶用ディーゼルエンジン及び消防用ポンプを組み合わせて収納した網洗い機を安田鉄工所に製造してもらい、定置網の洗浄を行ったところ、【F】は、この網洗い機の使用を希望し、平成2年の初夏から夏にかけての時期に、原告の世話で、木村金属という解体屋から消防用ポンプ及び吸込ホースを購入した(審決は、【F】が木村金属から、このほかにノズル及びホースも購入したと認定したが、これらは、平成2年9月ないし10月に原告から購入したものである。)。そして、【F】は、これらを安田鉄工所に持ち込み、安田鉄工所がこれらを用いて製作した網洗い機(本件網洗い機)を、平成2年9月に購入した。
【F】が本件網洗い機を安田鉄工所から購入したのが平成2年9月であることは、【F】(正確には、同人が代表者を務める有限会社井戸隠居丸(以下「井戸隠居丸」という。))の会計処理において、本件網洗い機の取得が平成2年9月とされ、同月1日を減価償却の起算日としている(甲第5、第6号証)ことからして明白である。
そして、この頃は、原告の網洗い機も、【F】の本件網洗い機も改良構成を備えていなかったところ、原告は、平成3年春ないし夏頃までに改良を行って、本件考案の型式の網洗い機を完成させ、同年7月15日、本件実用新案登録出願をした。そして、原告は、その出願後に、【F】に技術内容を開示したところ、【F】は、本件網洗い機につきこの技術を導入した改良を被告に行わせ、本件網洗い機は、被告(有限会社北条鉄工所)において、スタンド台にノズルを取り付けるようにして改良構成を備えるに至り、検甲第1号証の魚網洗浄装置と同じ構造の網洗い機に改良された。その時期は、本件実用新案登録出願後であって、早くとも平成3年8月である。
被告は、乙第1号証が被告の井戸隠居丸宛ての請求書であり、平成3年5月に1年分の代金等を請求したものであって、そこに記載された「防水銃取付金具」2点・5万6000円、及び「防水銃台」2点・7万2000円の各請求項目が、本件網洗い機の改良代金であると主張する。しかしながら、同号証は、請求者の記載もなく、宛名、日付は不完全であり、かつ、各請求項目のうちの1箇所のみに「5月20日」との記載があるなど不自然なものである。また、その各請求項目は、船に関わるものであって、上記記載が本件網洗い機に関するものであるとすれば、他の項目と区分していないのも不自然であり、さらに、平成3年5月に1年分の代金等を請求したものであるとすれば、故障の修繕作業や、安田鉄工所から購入した状態の本件網洗い機に、垂直管部のほか、スイング管部、水平ジョイント部、垂直ジョイント部、木製の台、鉄製の台等を取り付ける作業に関する請求があるはずであるが、同号証には、それらに関する請求項目が見当たらない。同号証が船に関わる請求についてのものであることによれば、「防水銃取付金具」、「防水銃台」は、船に取り付けられ、そのエンジンで回すポンプに関するものと考えられ、同号証が被告の主張を裏付けるものではない。
第4 被告の反論の要点
1 審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
2 取消事由(公然実施の認定の誤り)について
【F】(正確には、同人が代表者を務める井戸隠居丸、以下同じ。)は、平成元年12月頃、木村金属工業からポンプ、ノズル等を購入し、平成2年2月ないし3月頃にこれらを安田鉄工所に持参して網洗い機の製作を依頼し、その頃、製作された網洗い機(本件網洗い機)の引渡しを受けた。
このことは、井戸隠居丸の総勘定元帳である乙第7号証に、平成元年12月27日付けで木村金属工業に対する修繕費として3万0900円の現金支払が記載されていることから明白である。
なお、本件網洗い機の減価償却は、平成2年9月1日から開始されているが、これは、安田鉄工所からの本件網洗い機製作に係る請求書が同月付であったことにより、井戸隠居丸の会計帳簿を作成している行政書士【G】において、同月をその減価償却起算日として処理したためである。【G】行政書士は、請求書の日付を減価償却起算日として設定しており、井戸隠居丸においても、実際の取得日が請求書の日付と相違していたとしても、減価償却起算日を実際の取得日に合わせるよう請求するまでのことはしていない。
その後、平成2年7月ないし8月頃、【F】は、被告に本件網洗い機の改良制作を依頼し、被告は、その頃、本件網洗い機につき、スタンド台にノズルを取り付けるようにして改良構成を施し、審決検甲第1号証の魚網洗浄装置と同じ構造の網洗い機に改良して【F】に引き渡した。そして、【F】は、その頃、横須賀市長井漁港の岸壁で上記のとおり改良された本件網洗い機を公然と使用しており、さらに被告が部分的な修理を施して、平成2年10月頃に満足できる動作を行うに至ったものである。
被告の井戸隠居丸(鎌倉漁場)宛ての平成3年5月付請求書である乙第1号証には、「防水銃取付金具」2点・5万6000円、及び「防水銃台」2点・7万2000円の各請求項目がある。これらの「防水銃」は「放水銃」の誤記であって、「防水銃取付金具」は、本件網洗い機において、ノズルを取付支持する金具すなわち垂直管部(甲第8号証写真4~7の符号8)を、「防水銃台」はスタンド台(同符号7)を指しており、この各請求項目は、これらに関する改良代金(各部品の価格だけでなく、工賃を包含したもの)を請求するものである。なお、被告と井戸隠居丸等、漁業関係者間の取引においては、1年分の代金等の請求、支払を一括して行うことは珍しくなく、上記請求書もこれに該当するものである。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由(公然実施の認定の誤り)について
(1) 次の<1>~<9>に掲記の各証拠によれば、当該各事実を認めることができる。
<1> 井戸隠居丸の平成元年10月1日から平成2年9月30日までの事業年度の総勘定元帳の一部であると認められる乙第7号証中の「現金」科目の部分には、平成元年12月27日付で、「車部品代 木村金属工業」との摘記とともに、修繕費として3万0900円の現金支払の記載(貸方への記載)がなされており、他には、「木村金属工業」又は「木村金属」への支払と認められる記載がないこと、
<2> 井戸隠居丸の平成元年10月1日から平成2年9月30日までの事業年度の総勘定元帳のうちの「工具器具備品」科目の部分であると認められる甲第6号証には、平成2年9月30日付で、「網洗機1台 安田鉄工所未払費用振替」との摘記とともに、「工具器具備品」科目に100万円の資産計上の記載(借方への記載)がなされていること、
<3> 井戸隠居丸の平成元年10月1日から平成2年9月30日までの事業年度に係る固定資産減価償却内訳表と認められる甲第5号証には、「網洗機」1台が、取得年月を平成2年9月、耐用年数を6年、償却率を0.319、取得価額を100万円、当期償却額を2万6583円として記載されており、該当期償却額は1か月分(すなわち平成2年9月分)に相当すること、
<4> 井戸隠居丸の平成2年10月1日から平成3年9月30日までの事業年度の総勘定元帳の一部であると認められる乙第8号証中の「現金」科目の部分には、平成2年10月29日付で、「㈲安田鉄工所未払費用支払い」との摘記とともに、未払費用として100万円の現金支払の記載(貸方への記載)がなされていること、
<5> 前掲乙第8号証中の「現金」科目の部分には、平成3年1月11日付で、「網洗浄ホース 【A】払」との摘記とともに、工具器具備品の対価として8万4925円の、「65m/mテコ式放水銃他 渡辺武商店」との摘記とともに、工具器具備品の対価として22万1525円の、「65m/mテコ式放水銃他 消費税」との摘記とともに、仮払消費税として9195円の各現金支払の記載(貸方への記載)がなされており、その「網洗浄ホース」に係る金額と「65m/mテコ式放水銃他」に係る金額との合計額は30万6450円であって、該消費税はこの金額に対するものと推認されること、
<6> 行政書士【G】の陳述書である乙第16号証の1に添付された井戸隠居丸の平成2年10月1日から平成3年9月30日までの事業年度に係る固定資産減価償却内訳表には、前示<3>の「網洗機」の次欄に、「網洗浄機」が、取得年月を平成3年1月、耐用年数を6年、償却率を0.319、取得価額を30万6450円、当期償却額を7万3318円として記載されており、該当期償却額は9か月分(すなわち平成3年1月から同年9月分)に相当すること、
<7> 被告の井戸隠居丸宛ての平成3年5月付の「請求書(控)」であると認められる乙第1号証(宛名欄の「鎌倉漁場」は、前掲乙第7、第8号証の「有限会社井戸隠居丸鎌倉漁場」との記載に鑑みて、井戸隠居丸を示すものと認められ、また、後記<9>の事実によって、井戸隠居丸が下記請求額と同額を被告に支払ったものと認められることに照らして、その作成者は被告と認められる。)には、合計請求金額として237万7806円との記載があり、また、その各請求項目欄中に、「防水銃取付金具」2点として5万6000円の、及び「防水銃台」2点として7万2000円の各請求項目があって、その合計額は、12万8000円であること(なお、「防水銃」とあるのは、その技術的意義を理解し難いことに加え、前示<5>の事実によって、井戸隠居丸が「65m/mテコ式放水銃」を取得したことが認められることに照らして、「放水銃」の誤記であると認められる。)、
<8> 被告の平成2年6月1日から平成3年5月31日までの事業年度分の法人税の確定申告書及び添付の売掛金(未収金)内訳書と認められる乙第6号証には、鎌倉漁場(井戸隠居丸)に対する売掛金として237万7806円の記載があること、
<9> 前掲乙第8号証中の「漁協普通」(漁業協同組合普通貯金の趣旨と認められる。)科目の部分には、平成3年6月25日付で、「エンヂン他修理 北条鉄工払い」との摘記とともに、修繕費として237万7806円の振替出金の記載(貸方への記載)がなされており、また、被告の長井町漁業協同組合普通貯金通帳であると認められる乙第2号証には、平成3年6月25日付で、「イドインキヨマルヨリ」として、237万7806円の振替入金の記載があること、
以上の事実が認められる。
(2) 前示(1)の<1>~<9>の各事実に、本件審判における証人【F】の証人調書である甲第3号証(後記措信しない部分を除く。)及び同【D】の証人調書である甲第4号証、神奈川県横須賀警察署長の感謝状である乙第4号証、行政書士【G】の陳述書である前掲乙第16号証の1、【H】の陳述書である乙第17号証の1並びに弁論の全趣旨を併せ考えると、次の各事実を認めることができる。
(イ) 井戸隠居丸は、平成元年12月頃、木村金属工業からポンプ、ノズル等を購入し、その後これらを安田鉄工所に持参して網洗い機の製作を依頼し、平成2年夏頃までには、安田鉄工所が製作した本件網洗い機の引渡しを受け、同年9月に安田鉄工所からその製作代金100万円の請求を受けて、同年10月29日にこれを支払ったこと、
(ロ) 井戸隠居丸は、安田鉄工所から本件網洗い機の引渡しを受けた後、その補修・改良を、最初は安田鉄工所に、その後は継続的な取引先であった被告に依頼して行ったが、その一つとして、当初の手持式のノズルでは放水の際に制御が困難であったため、平成2年9月頃、これを渡辺武商店から購入した放水銃に取り替え、さらに被告に依頼してスタンド(垂直管部)及びスタンド台を製作し、これに放水銃を取り付ける改良を行って、平成3年1月11日に渡辺武商店に放水銃の代金等22万1525円を支払い、また、被告から同年5月に該スタンド(垂直管部)及びスタンド台(乙第1号証の請求書(控)上は「防水銃取付金具」、「防水銃台」とされているところ、前示のとおり「防水銃」は「放水銃」の誤記と認められる。)に係る代金計12万8000円を含む合計237万7806円の修繕費等の請求を受け、同年6月25日にこれを支払ったこと、
(ハ) そして、井戸隠居丸は、平成2年9月又は10月以降、前示放水銃をスタンドに取り付ける改良を経た後の本件網洗い機を、横須賀市長井漁港の岸壁で公然と使用していたが、平成4年頃に使用を中止し、本件網洗い機は放置されて、審決検甲第1号証の網洗い機となるに至ったこと、
以上の事実が認められる。
(3) 原告は、前示(1)の<2>、<3>の各事実を根拠として、【F】(正確には井戸隠居丸)が本件網洗い機を安田鉄工所から購入したのが平成2年9月であると主張するが、行政書士【G】の陳述書である前掲乙第16号証の1及び弁論の全趣旨によれば、前示(1)の<2>、<3>の各処理は、安田鉄工所からの請求に係る請求書の日付が平成2年9月中であったことに基づくものであることが認められるところ、一般に売掛代金の請求が取引時より数か月程度遅れることもあることは顕著な事実であり、したがって、このような処理がされているからといって、必ずしも、井戸隠居丸が安田鉄工所から本件網洗い機の引渡しを受けた時期が平成2年9月であるということはできない。
同様に、井戸隠居丸が、渡辺武商店に放水銃の代金等を支払ったのが平成3年1月であり、さらに被告からスタンド(垂直管部)及びスタンド台に係る請求を受けたのが同年5月であることは、これらの取引自体が平成2年9月頃になされたことと相反するものとはいえない。
また、原告は、乙第1号証の請求書(控)が、請求者の記載もなく、宛名、日付は不完全であり、かつ、各請求項目のうちの1箇所のみに「5月20日」との記載があるなど不自然なものであると主張するが、乙第1号証自体は被告の手元に残された控えであること、被告にとって井戸隠居丸は継続的な取引先であることに鑑みれば、原告の指摘の各点を必ずしも不自然ということはできない。
さらに、原告は、乙第1号証の請求書(控)に記載された「防水銃取付金具」、「防水銃台」は、船に取り付けられ、そのエンジンで回すポンプに関するものと考えられると主張するが、前示(1)の<5>、<6>の各事実、とりわけ、同<5>、<6>の各30万6450円という金額が符合することに、行政書士【G】の陳述書である前掲乙第16号証の1を併せ考えれば、井戸隠居丸が渡辺武商店から購入した「放水銃」が、被告から購入した「網洗浄ホース」とともに、本件網洗い機に関するものであって、これを減価償却資産として計上したものであることが明白であり、そうであれば、前示のとおり、「防水銃」部分が「放水銃」の誤記と認められる「防水銃取付金具」、「防水銃台」についても、本件網洗い機に関するものと認めるのが相当である。
その他、前掲甲第3号証及び原告の陳述書である甲第9号証の各供述記載中、前示(2)の認定に反する部分は措信し得ない。
(4) しかして、前示(2)の認定事実に弁論の全趣旨を併せ考えれば、当初の手持式ノズルに代わる放水銃をスタンドに取り付ける改良を経た後の本件網洗い機は、改良構成を備えたものと認められ、そうであれば、井戸隠居丸が、平成2年9月又は10月以降、前示改良を経た後の本件網洗い機を横須賀市長井漁港の岸壁で公然と使用していたことにより、本件考案は、本件出願前日本国内において公然と実施されたものと同一であることが認められる。
なお、前掲甲第3号証によれば、井戸隠居丸は、本件網洗い機につき、改良構成を採用するについて、原告の網洗い機を参考としたことが認められるが、そのことが、本件考案が本件出願前日本国内において公然と実施されたものと同一であること自体を左右するものではない。
(5) そうすると、審決が、本件網洗い機につき、「使用上問題があったため、北条鉄工所(注、被告)にてスタンド台にノズルを取り付けるようにし、平成2年の夏ごろに、検甲第1号証の魚網洗浄装置と同じ構造の網洗い機に改良され、この改良された網洗い機は、その夏頃(平成2年の)から、長井漁港の岸壁にて公然と使用され、・・・平成4年頃から使用されなくなり、検甲第1号証の魚網洗浄装置に到ったと認められる。」(審決書15頁4~13行)と認定し、この認定に基づいて、本件考案が本件出願前日本国内において公然と実施されたものと同一と認められるとしたことは、本件網洗い機の製作、改良、使用の主体が井戸隠居丸ではなく、その代表者である【F】個人と認定した点(同14頁19行の「証人【F】は、」との認定部分)を除き、誤りがあるということはできない(前示のとおり、本件網洗い機につき、スタンド台にノズル(放水銃)を取り付けるようにし、審決検甲第1号証の魚網洗浄装置と同じ構造の網洗い機に改良したうえで長井漁港の岸壁で公然と使用を開始したのは、平成2年9月ないし10月頃であると認められるが、「夏頃」はある程度幅を有する表現であるから、「その夏頃(平成2年の)」との認定部分が誤りであるとまではいえない。)。そして、本件網洗い機の製作、改良、使用の主体を【F】個人と認定した点の誤りも、審決の結論に影響を及ぼすものではないことは明らかである。
2 以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)